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2006年7月25日 (火)

「星落秋風五丈原」解釈

Photo_23 星落秋風五丈原1

三国志の雄大なロマンの世界。中でも、その知略、軍略の巨人・諸葛孔明・亮にスポットを当てて、その後半生を余す処無く描ききった、土井晩翠の「星落秋風五丈原」の詩を、解釈してみたいと思う。
劉備に三顧の礼で迎えられた孔明は、その才知を駆使し、劉備を蜀の皇帝に就かせ、劉備亡き後、息子の劉禅をよく守り立て、宰相として蜀の国を統治していたが、隣国・魏の国と五度、五丈原で覇を競い、終に、その陣中で病に倒れたのである。
劉禅以下、蜀の国の人々は、嘆き悲しみ、その行く末の危惧を感じていたのであった。              

           祁山悲秋の風更けて
           陣雲暗し五丈原
           零露の文は繁くして
           草枯れ馬は肥ゆれども
           蜀軍の旗光無く
           鼓角の音も今しづか

           丞相病篤かりき


日本で云えば、天下分け目の天王山、或いは関ヶ原と云った有名な地が五丈原である。
その五丈原の横に祁山がある。
祁山に吹く秋風は、孔明が倒れたとて、嘆き悲しむ様に、益々強く吹き荒んでいる。
蜀軍が、野営をして陣を張っている処には、不吉な暗雲が垂れ込めて来た。
秋の夜明けは、草葉に玉為す露を織り成している。
この戦陣の真直中にあって、戦備は万端抜かり無けれども、何故か、我が蜀軍の旗は、弱々しく、垂れ下がっているばかりだ。
鼓の音も、角笛の音も、今は鼓舞する事無く、鳴りを潜めている。
それもこれも、丞相の病が、相当重い為であろうか。


            清渭の流れ水やせて
            むせぶ非情の秋の声
            夜は関山の風泣いて
            暗に迷ふかかりがねは
            令風霜の威もすごく
            守るとりでの垣の外

            丞相病篤かりき


秋も深まり、あれだけの清き川の流れも、今は、水量も枯れなんとしている。
こんな大事な時に、孔明に病を与えるとは、非情極まる運命かな。
夜は夜で、風さえ嘆きの声を立てている。
この暗澹たる事態に、我が蜀軍も、路頭に迷おうとしている。
風に誘われて、明方には、四囲は一面、霜の色だ。
ああ、この冷気が、孔明様の御身体に障らなければよいのだが…


            夢寐に忘れぬ先王の
            いまはの御こと畏みて
            心を焦がし身をつくす
            暴露のつとめ幾とせか
            今落葉の雨の音
            大樹ひとたび倒れなば
            漢室の運はたいかに

            丞相病篤かりき


我を三顧の礼で、ここまで見出してくれた、今は無き劉備様の事は、夢にも忘れた事は無い。
その劉備様が、死の床で、我に語った遺言を思い起こすに、身が引き締まる。
以来、常に、劉禅様の事を想い、全身を投げ打って、事に当たって来た。
戦陣にも、幾度か、活路を見出して来た。
されど、今この陣中は、病葉が秋雨に打ち叩かれている。
孔明様が病に倒れたならば、蜀の国の行く末は、一体どうなってしまうのであろう。
我等の嘆きを他所に、孔明様の病は、芳しからず。

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コメント

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投稿: 西村山夫 | 2012年7月16日 (月) 23時17分

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