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2006年6月19日 (月)

海軍兵学校 1

Photo_21 <平太と耕平>
1930年代と云うから、昭和十年になるかならないかの頃である。
日本も明治維新よりこの方、富国強兵に勤め、この頃に成ると、
ようやく列強の末席に辿り着く国力に成ってはいた。
然しながら、貧富の差は激しく、農村地帯では江戸時代と変わらぬ極貧生活も続いていた。
北陸地方のとある村。
吉田耕三郎と云う庄屋が、殆ど村全体の田畑を所有すると云う、大地主であった。
そこには、今年、中学三年になる耕平と云う男の子と、美奈と云う女学校一年生の女の子がいた。
吉田家の小作農に、川田と云う家があって、そこの三人兄弟の長男が、耕平と同級生であった。
名前を
平太と云う。
貧農の家の
川田平太が、何故、金の掛かる中学に進めたかと云えば、
一つは稀に見る神童であり、一つはこちらの方が主な理由だが、
中学受験に際し、庄屋の息子・耕平の家庭教師となり、その学力を引き上げたので、
耕三郎から学費一切を出して貰っているからである。
川田の親は、
平太を中学にやるなんて、とんでもない。 
小学校を出たら、直ぐ奉公に出すのだ。」と反対したが、庄屋の耕三郎が説き伏せて進学させた。

平太と耕平は、この二年余り、揃って登校し、揃って下校した。
無論、身に付けている物は、耕平は毎日洗いたての着物、
平太は継ぎはぎだらけの着物であった。
平太の一日は、朝、納屋で縄綯いをし、耕平を迎えに行って登校し、
一緒に下校して来ると、直ぐ親の野良仕事を手伝うのが日課であった。
耕平はと云うと、朝は
平太が迎えに来るまでゆっくりし、
下校後は復習・予習に余念がなかった。
なのに、学期試験は、常に
平太は学年トップ、
耕平は3番から5~6番を行き来していた。

平太は、一体いつ勉強しているのだ。」

「いえ、家では勉強していませんよ。」

「じゃあ、学校の授業だけか。」

「はい。」

「よくそれで、頭に入るもんだなあ。」

「はぁ。」

こんな生活を送っていた或る秋の日、県下から、海軍兵学校に入学している生徒が、
朝礼の壇上に立った。
濃紺の制服制帽に身を包み、金釦も凛々しく、腰に短剣を引っ下げて、右手を東方に指して
「見よ、諸君。 太平洋が君達を待っておるぞ! 志有らん者は、我が兵学校に集うべし!」
これを見ていた耕平は、電撃を打たれた様に虜になった。
教室に入ると、
「俺は兵学校に行くぞ。 どうだ、あの格好良さ。
平太も兵学校に行こう。」
興奮冷め遣らぬ口調で耕平は云った。

「俺は中学を卒業したら、直ぐ奉公に行って、親や兄弟を養ってやりたい。
だから、学校には、もう行かない。」

「何を云うんだ、
平太。 兵学校は、学費は免除だぞ。 
お国から出るのだ。 尚且つ、月々給金が下りるのだぞ。」

「いや、家の事を考えれば、そんな悠長な事は出来ない。」

その日から、耕平は家に帰ると、兵学校の受験書を読み漁った。
耕三郎にも事の次第を話し、
平太が兵学校を受験出来る様、
親に話をしてくれと熱っぽく哀願した。
平太の父は、
「坊ちゃんがそこまでおっしゃるのなら、受験だけはさせましょう。」と折れていた。

正月を過ぎた頃から、日が落ちると、
平太は耕平の元に通い、
受験勉強の追い込みに掛かった。
平太に触発され、耕平の学力もトップクラスに成ったとは云え、
兵学校の参考書は難解なもので、しばしば
平太に教えを乞うた。

<兵学校合格>
その夜も、雪は降り続いていた。
平太は霜焼けの裸足に草鞋を引っ掛け、吉田家の勝手口を押し開けた。
土間で雪を払いのけ、足を洗っていると、

平太! お坊ちゃんが御呼びに成るからと云って、毎日毎日、来るんじゃないよ! 私の身にもなってちょうだい。」

「あっ、いつも土間を汚して、すみません。」

「まったく、いい気になって。」
そこへ障子戸が開いて、

「お多加、何を云っているのです。 
平太さんは、兄さんのお勉強を教えに来て貰っているのですよ。 
もしこれで、兄さんが兵学校に失敗したら、あなた、どうするのです。」

「あっ、お嬢様。 だって、毎日、
平太が来る度に土間を拭き直さねばならないし、お茶を出さなければならないんですもの。」

「あっ、土間を汚すのは本当にすみません。 
それから、俺は、お茶や饅頭はいらないですから。」

「解ったわ。 これから、お茶は私が入れますから、
お多加も
平太さんにそう邪見にしないでちょうだい。」

平太は毎日、こう云う空気の場所に通っていた。 

平太はいいよな。 絶対通るんだから。 
俺は段々自信が無くなって来た。」

「そんな事ないよ。 これだけ努力しているんだから。」

「だって、定員が百五十名プラスαだよ。 それも、全国の精鋭が集って来るんだ。 
やはり憧れだけでは無理なんだ。」

「耕平君なら、やれるさ。 杞憂に終わるよ。」

この時
平太は、耕平がもし不合格なら、
自分も入学を取り止める決意をしていた。
入学試験は先ず、体格・体力測定が行なわれ、続いて学科試験に移った。
流石、最難関の兵学校、周りの受験生は皆、自分達より聡明そうな顔ぶればかりだ。
二人の中学校から受験したのは、耕平・平太の二人のみ、
教師達からは大きな期待と激励を受けていた。

「どうだった、
平太。」

「うん。 まずまずだよね。 耕平君はどう?」

「いや、案外出来たかもしれないよ。 よく学習していた処が出たからね。」

「良かった。 耕平君の自信の言葉が聞けて。 多分、合格しているよ。」

「だといいんだけどね。」
それから旬日間は、耕平は合格通知を、今か今かと郵便受けを覗く日々が続いた。
平太はと云うと、相変わらず、父の野良仕事に精を出していた。
或る日、畑の向こうから、耕平が駆け寄って来る。
平~太~
右手に葉書をかざしている。
息せき切って、

「合格したぞう~。 
平太、見事合格じゃ。 
平太も早く家に帰ってみよ。 合格通知が来ている筈だ。 
さあ、行ってみよう。」

近くで
平太の父親が
「坊ちゃん、おめでとうございます。」と
平太の方に目配せをしながら応えた。

「よかったですね、耕平君。 今、畑仕事の最中だから、後で…」

「坊ちゃんが、ああ云っているんだ、行ってこい。」

「いや、おじさん有難う。 俺が合格したのも
平太のお陰だから、
平太と悦びを分かち合いたいんだ。」

平太の父親は黙って頷き、平太に行けと云う仕草をした。
平太の家に着いてみると、案の定、母親が合格葉書を手渡してくれた。

「よかった、
平太。 これで二人揃って兵学校へ行けるぞ。 
しかも、この村始まって以来じゃ。 世界の各地へ行けるぞ。 
任官すれば、海軍士官じゃ。」

「だけど、耕平君。 この葉書にも書いている様に、口頭試問が残っていますよ。」

「なあに、そんなものは形式だけの事さ。」

翌る日になると、学校中はおろか村中に、二人の兵学校合格報は知れ渡っていた。

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コメント

大変興味深く、読ませて頂きました。本編のもっと詳しい物を読みたくなりました。
ところで、この小説の時代は、主人公が昭和9年中学4年冬から始まっているように思われるのですが、如何でしょうか?
もし、そうであれば、主人公の「平太」は、昭和11年4月入校の第67期生徒になりますね。如何でしょうか?

この小説は、どなたかをモデルにして書かれたものなのでしょうか?

お教え願います。

投稿: 千住 鼎(せんじゅう かなえ) | 2009年7月12日 (日) 01時57分

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