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2006年5月18日 (木)

光秀 参上仕る 1

安土城下
天正10年5月下旬、安土城で、家康の饗応役を免ぜられた明智日向守秀光は、城の中腹にある屋敷へ夕刻帰ってきた。 
暑さのせいで額に汗を頂いているが、表面をうつむき加減に頭を湯気立たせて 奥へ進んだ。 
「勝兵衛、疲れたのぉ」側に控える溝尾勝兵衛を一瞥した。
「殿、お疲れもありましょうから すぐ寝所の用意をいたさせます。湯浴みをなされて 今日のところは、すぐ御休息下さりませ。」
「よし、そうするとするか。明朝は坂本へ帰るので、舟の用意をしておいてくれ。」
その夜、一刻半も過ぎた頃、寝入りばなを起こされた。
「殿、御休息の処、上様より御使者でございます。」
「相解った。すぐ参る。」
使者の青山は、威儀を正して光秀を待ち受けていた。 通り一編の挨拶をして光秀が平伏すると、頭上より信長の沙汰状が下った。 
「明智日向守光秀! 中国後詰を命ずる。 旬日を置かず直ちに出陣致せ。 尚、丹波国と坂本郷は召し上げるに付き、中国では、切り取り勝手と致す故、大いに励むべし。」 
「ははぁ、謹んで承り仕りまする。」
青山は送り出した光秀が処へ勝兵衛がにじり寄ってきた。
「殿!これは如何なる御沙汰でござりまする。丹波と坂本を召し上げとの仰せ出だせは、合点がいきませぬ。上様は、如何な分別で此様な事を」 
「云うな勝兵衛、上様に対し奉り 不遜であるぞ。」
「はっ」
「中国出陣となれば、当屋敷の人員も縮小せねばならぬ。少数の留守居のみ残し、人選をしておいてくれい。坂本へは明後日の出立と致す。」
翌日は、光秀の周りで終日 出立準備の喧騒が続いた。翌々早朝、光秀主従は、少数の供回りを連れて琵琶湖上に坂本を目指して乗り出した。 舟上、人声も無く櫓の音だけが流れていた。
梅雨の時期とて、ジットリとした湿気がまとわりつくのだが、まだ早朝故 湖上の風は快いのが只一つの救いであった。 
「勝兵衛は家族は、坂本に置いていたのだな。」
「御意。光春様の御計らいにより そうさせて頂いております。」
「左馬之助は、まだ福知山におるのだな。」
「いえ、光春様には福知山をお出まし頂いて 坂本にお越し願っておりまする故、もう到着しているはずで御座りまする。」
「内蔵之助はどうじゃ。」
「利三殿にも坂本へ御足労願っておりまする。」
『それは又、手回しの良い事よ』と思ったが、言い澱んだ。
日が昇りきるまでに小舟は坂本城に滑り込んだ。 
明智左馬之助光春と斎藤内蔵助利三が藤田伝伍を同道して神妙に平伏して光秀を迎えた。
別働隊は、陸路、瀬田唐橋を渡り夕刻には坂本へ帰着した。

>行く末の 風雨に揺れる 桔梗かな

坂本城
「御尊顔を拝し奉り、恐悦至極に存じます。」平伏している三人を代表して光春は云った。
「うむ、三人も顔を揃えて何事ぞ。」
「いえ、久方ぶりに殿の御尊顔を拝し奉りたくて。」利三は答えた。
「そち達は勝兵衛と何を企んでおるのじゃ。」平伏した四人は互いに顔を見合わせたが、押し黙ったままだった。
「皆 近こう寄れ。」一呼吸置いて光秀は語りだした。
「此度は上様より、中国征伐の出陣の沙汰を仰せいだされた。武門の名誉是に勝る事無し。しかも、彼の地では切り取り勝手との有難い御朱印を得ている。因って、左馬之助は福知山城へ帰り出陣の支度をして、亀山城に参集すべし。内蔵助は亀山城で出陣の支度をいたせ。」
「はっ、承知仕りました。したが殿…」と口篭もった。一瞬、間を置いて利三が口を開いた。
「軍勢の大半は丹波衆になりまするぞ。聞く所によりますれば、丹波国とこの坂本郷は、召し上げと云うでは有りませぬか。我が軍勢の中枢たる丹波衆が、そんな遠隔地への移行を承知致すや否や。」
光秀はこの数年、信長より丹波一国を任されて以来、光春や利三の助けも有り、丹波衆に良く慕われていた。領国経営の根幹である治水工事も本領を発揮し、坂本郷の穴太衆を督励し、円山川の明智堤を完成させた。
余談であるが、光秀はマルチ人間である。
合戦、築城、有職故実等あらゆる知識に長けていた。
例えば、古式作法や和歌の類は、当代一流と謳われた細川藤孝に学び、築城術は坂本郷の穴太衆の技術を活用し、強固な石垣を構築出来た。又、鉄砲術は近江の国友衆を召抱えた事が大きい。
光秀にとって、信長より坂本郷を最初に委ねられたのは、多大な幸運であった。
「士気は保てぬと云うのか。」
「いえ、今の並河・吉富達、丹波衆は、殿に親服致しておりまする。いかでか、士気の上がらぬ事有様もありませぬ。さりながら、彼等の心情を考案いたしますれば…」
「内蔵助も美濃からこの地に流れて来たからのぉ。やはり美濃が恋しいか。」
「何を仰せられます。この内蔵助は美濃の嫌われ者、殿に拾って頂いて、働き場を得られました事、無上の悦びでござりまする。したが殿…」
「解った、解った内蔵助。もうその したが殿…は止めい。」
「したが殿。」
主従は笑いに包まれた。
「上様が天下を平らげられた暁には、丹波衆は国に返すといたそう。我等のみが天下の果てまで行けば良いのだ。」
小さな坂本城の外には、何時しか雨が煙っていた。湖面を叩く雨の彼方には、東に金襴と輝く安土城が煙っている筈だ。北には、秀吉の今浜城が存立しているのだ。
「この雨は降り続きまするなあ。もうそろそ梅雨が明けても宜しゅう御座いますのに。」各人一頻り湖面に目をやりながら、沈思した。
「ところで勝兵衛、暫くは京へ上る事も叶わぬであろう。暫しの思い出に歌で遊んでおきたいと思う。紹芭殿へ使いを遣って、御都合を聞いておいてくれぬか。」
「はっ、承知仕りました。」
「殿、そうなさりませ。我らも、殿の御器量があれば、遊ばさせて頂きまするが、如何せん、武骨者。」
「いえいえ、光春殿は、未だしも、この内蔵助こそ不調法。」
「何を仰せか。この伝伍こそ、皆目解せませぬ。」
「皆、先を競って謙遜せぬとも良いわ。自慢にならぬぞ。」
沈んでいた空気が漸く和んできた。

>忙中の 閑を有する 明智衆

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コメント

琵琶琵琶(びわ、ビバ、ピーパー)は、東アジアの有棹弦楽器の一つ。弓を使わず、もっぱら弦をはじいて音を出す。西アジアのウード、ヨーロッパのリュートと共通の起源を持ち、形もよく似ている。すなわち卵を縦に半分に割ったような形の共鳴胴に棹を付け、弦を張った形である。

投稿: 音楽マニア | 2006年5月18日 (木) 14時39分

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